1 鈴木♂

春の夜の訪問者

これは昭和三十年代の終わり頃に新潟県のある田舎町で実際にあったお話です。

その町の中学校にA君とB君という男子生徒とCさんという女子生徒がいて
その三人は仲の良い同級生でした。
彼らはとても仲が良くバスに乗ってハイキングに行ったり、いつも三人で
楽しく遊んでいたのだそうです。

それから時は流れ三人は別々の道を進んで離れ離れになってしまいました。
A君は東京に就職し、B君は地元の工場に就職し、Cさんは地元の農家に
嫁いで行ったのでした。

ある春の夜の事でした。
B君は職場である工場の二階にある独身寮の自室で本を読んでおりました、
小さな工場だったので作業場の二階が独身者の寮になっていたのです。
B君がふと廊下に面した自室の磨りガラスの窓を見ると誰かが廊下を行ったり
来たりしているのが見えました。

B君は誰かお客さんが来たのかと思いドアを開けて廊下を見たのですが
そこには誰もいませんでした。
念の為に階段を下りて一階の作業場でまだ仕事をしている同僚たちに聞いても
誰も二階には上がって行かなかったという事でした。
2 鈴木♂
そしてその次の日、B君は農家に嫁いだCさんが自殺したという悲しい知らせ
を聞きました。
それによるとCさんが昨日自殺した時間は夜の7時頃で、丁度B君が自分の
部屋の前の廊下を歩く人影を目撃した時間でした。
Cさんは地元を流れる大きな川に自分の生まれたばかりの赤ちゃんを背負って
親子で水の中に入って行ったのだそうです。

このお話は私とA君、B君の三人がたまたま同席した機会に伺ったお話
なのですが、Cさんがどんな理由で自殺したのか私は両君に聞いてみましたが
二人とも言葉を濁して答えてはくれませんでした。
それがどんな理由だったのか私には想像もできませんが、少なくともCさんが
最後に会いたかった人、本当に会いたかった人はB君だったのではないかと
私は思っています。
ちなみにその頃東京に居たA君の所にはCさんは表れなかったそうです。