93 無名さん
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/npb/2012/07/05/post_173/amp_3.php
「岸、どれぐらいしゃべったのだろう……」
 記事中の「かぎかっこ」を数える。これが彼の記事を読むときの習慣になっている。60行ほどの記事の中に、彼のつぶやきのような「語り」が3つ。そのぐらいだろうな……。そう思いながら、6年前の春、東北学院大のエース(当時4年)だった岸孝之のボールを受けに行った日のことを思い出した。
「岸、初めての人にはほとんどしゃべらないですから。もしよかったら、私が同席して、通訳しましょうか」
 菅井徳雄監督のご親切をお気持ちだけいただき、やはり「ナマの言葉」がほしかったので、直接取材することにした。
「ウッス!」も「コンチワ!」も発することなく、見たこともないカッコいい選手がすぅ〜っと監督室に入ってきた。貴公子、王子様……何でもいい。とにかく着ているものが、野球のユニフォームに見えない。正直、何をどう訊けばいいのかわからない。だって、雰囲気が「アイドル」なのだから。
94 無名さん
>>93
「野球、面白い?」
「う〜ん、まぁ……」
「遊ぶ時間あったら練習するってヤツもいるけど。そうは思わない?」
「ないっす……」
「本気でプロを考えるヤツはやってるよ」
「夜まで残ってやろうとは思わないっすね」
 完全に噛み合ってなかった。ホコ先を変えたりもしてみた。
「学校の成績は?」
「成績ですか……。良くもなく悪くもなく、普通ですかね……」
「普通に卒業して、普通に就職して?」
「社会人とかプロで野球をやりたいなっていうのはあります。でも、それがダメだったら、普通でいいなって」
 ここまで来るのに、1時間半かかっていた。
 確かに話さないし、心を開かない。聞き手の引き出し方がヘタだったというのもあるが、あまりにも「語り」の量が少なくて、掲載予定の5ページにはとても至らない。困って、困って、結局、『岸孝之くんへの手紙』という形式をとって、なんとか切り抜けた。
 岸を最初に見たのは、彼が大学2年の時の春のリーグ戦。「東北学院大に快速右腕現る」の報に、球場へと駆けつけた。結局、その日は投げずに、5回が終わった時のグラウンド整備でマウンド付近を均(なら)していた。
 その姿は、竹ぼうきがトンボを持っているようで、細い、薄い、頼りない。だが、第一印象はNGだったのに、ダグアウト横でキャッチボールする彼を見たとき、その腕の振りに目を奪われた。しなやかだけど強い。細長い右手の指すらしなっているように見えるリリースだった。
95 無名さん
>>94
それから2年後、ブルペンでそのままの腕の振りを披露してくれた。なで肩のせいなのか、両腕がすごく長く見える。太いムチを振るってくるような腕の振りで、ミットを構えていてもそのムチで叩かれているような感覚。あんまり腕の振りが速いから、リリースポイントなんて見えやしない。速い、そして重い。この細い体で、この重量感。
 低めの高さがわからない。それぐらいの伸び。腰を下ろして構えて、股間の高さにホップしてくる感じだ。これは怖い。気温7℃の寒さの中で、カーブは抜けがちだったが、うまくハマったときのカーブは垂直落下。18.44メートルが短く感じられた。
 そういえば、こんなことを言っていた。
「『プロがダメだったら』なんて逃げ道を作ったら、プロも遠のくんじゃない?」と大きなお世話のキツイこと言ったら、「その時になったらその時で、頑張れる人なんで……」と。
「あっ!」と思った。
 7勝目を挙げた6月27日のロッテ戦。岸は2回に、大松尚逸のライナーの打球を左ヒザの裏に受けていた。
「6回から徐々に(患部が)固まってきて、力が入らなくて……。7回は、もう限界かなと思った」
 それでも、その2イニングを打者6人で完璧に封じてみせた。そんな強さ、いつの間に培ったのか。それとも、見抜けなかっただけで、あの頃からもう持ち合わせていたのだろうか。見た印象は、壊れやすいガラス細工。しかし、その奥底には熱いマグマが人知れずたぎっている。
「熱さ」をそのまま見せても、それはプロの値打ちじゃないのかもしれない。
 外柔内剛――仕事をする人間の本当の値打ちは芯の強さ。そう、根っこの強さなのだろう。