忠誠の菊池一族掲示板

過去ログ36 2016/7/5 13:23

▼管理人
茨城
理想と現実
確かに、戦前と戦後の価値観や教育の変化は、真逆と言っても過言ではありません。
一部の過去の真実を知っている方はいても、なぜか真実が話せないのです。
私も戦後生まれですから、戦後の教育を受けました。その結果、平和ボケとなりました。
誰でも平和を希求するのは、当然ですが、ことあらば、武器を取り、戦う姿勢も用意もなければ、国際社会で普通の国家と言うことはできません。今は、米国に国防をお願いしているのか、占領されているのか、あいまいな状態で国を守ることができています。戦前の国家の状況は、国家、国民が一丸となって戦争に突入せざるを得なかったのです。国民すべてが当事者であり、一部の人間に非があるわけではないと思います。しかし、国際社会は、一部の指導者を戦犯としました。その結果、今の平和が存在しているのです。
2016/7/5 13:23

▼小柳
熊本
昭和天皇はA級戦犯を嫌われていた
そうですね、そのA級戦犯が昭和?年ですか、靖国神社に合祀されてからは靖国神社に参拝されなくなったそうですね、今の平成天皇も参拝されません。また、今の平成天皇は戦前の事を反省されてか、政治的な発言は出来ないながら今の(平和)憲法を守りたいと言われてます!にも関わらず安倍は自民党や公明党、その補完勢力は憲法を改正しようとしています。私はこいつらは天皇に弓引く者と感じられます。菊池桃子はこいつは本当に菊池一族かな?って思いますね、阿倍の一億総活躍相の一員となってしまって、菊池一族は政府の手先などなってはならないはずです。
2016/7/5 0:14

▼小柳
熊本
元々、昭和天皇は戦争には反対であった
と聞いてます、特に太平洋戦争は声を荒げて反対されたそうです、にも関わらず軍は天皇の意思に反して戦争に走りました。そして負けが決定的になり、天皇は自分の身はどうなってもかまわないから降伏しよう、と言われたそうです。しかしその玉音放送さえ軍は邪魔しようとしたそうですね、軍や政府は自分たちから戦争を始めて天皇が尻拭いする結果となりました、あの時天皇の終戦の決断がなかったなら、一億総特攻などといって日本人の大半が死んでいたら今の我々は生まれていなかったかも知れません、戦前の軍や政府の奴等はろくでもない奴等です!そう思うと奴等を許せんのですよ!下の兵を特攻隊で殺して、上の奴等は生き延びて、下の人達が可哀想でたまりません。
2016/7/4 23:53

▼小柳
熊本
Re:管理人さん
はい、それに賛成です、
話は戻ります、菊池一族は特に本家は天皇と国家に対してだけ忠誠を誓う、誓っている素晴らしい一族であるから私の天皇に対する思い聞いて下さい。その前に私は戦後10年生まれでまだ61歳で戦前の天皇家の教育は受けてません、また学校の教育でも日本史で菊池一族の事は一文字も出て来ません、ただ菊池市には昔菊池一族がいたとしか聞いた事あっただけです。今の天皇は大変お優しいですよね!戦前の反省を踏まえて慰霊の旅もお忙しいなか、されています。戦争で亡くなった方、国民のことを思ってられます、昭和天皇もそうでしたよね!
2016/7/4 23:29

▼管理人
茨城
小異を捨てて大同に就く
わが祖父光夫の求めに応じて、「忠誠」と揮毫した一条家の後裔「公爵一条実孝公」の想いを噛みしめています。また、小柳様の想いにも、強く感銘を受けています。随分古い歴史に今も関わらず、心を動かす言葉として菊池家の「忠誠」に感銘を受ける方が存在していることを、大変あり難く思います。菊池家の祖先の出自は、お互いに「小異を捨て大同に就く」としましょう
2016/7/2 15:11

▼小柳
熊本
Re:管理人さん
私も菊池一族は欲の為でなく
国家の為、天皇の為に戦い続けた事に意義深く感じ、そこに尊敬しています、それが他の武士団に見られないところです。その根拠は半分は藤原氏であるが為、後の半分は何かしら純粋なものを感じています、菊池様は藤原氏ではなくただ単に純粋に国家と天皇の為に、との考えで私と少し異なります。菊池一族は天皇家の機関または親衛隊であって政府(幕府)の手先ではないと思ってます。
2016/7/2 0:17

▼管理人
茨城
歴史は、後々
歴史は、後々の評価や検証によって、良し悪しが云々されます。しかし、当時の人々は、精一杯の知力、体力の限りを尽くし、命を懸け、一番良いと考える道を選択したのです。従って、現在の政治や社会も、後々、批評家がそれぞれの論評を導き出すと思います。
良いと考える選択をしても、後世に選択の誤りだったと言う評価を受けるかもしれないのです。ただ、手前みそになりますが、わが祖先は、天下国家に恥じることのない行動をしていたのだと、今でも誇りに思います。
そう考えなければ、HP「忠誠の菊池一族」はあり得ません。つまり、嫡流家は、安易な道を選択していれば良いのではなく、険しい困難な道にこそ活路があると考えていたのかもしれません。もちろん、国家第一主義を貫いていくのは当然ですが、、、。
2016/6/28 15:18

▼小柳
熊本
南北朝時代は人びとはほぼ武家方に心が
移ってました、武家の多くが足利尊氏に頼って行ったので同じ一族である、また足利より家格が上である新田義貞は天皇方に行かざるを得なかったと思うんですよ、これが逆に新田義貞の方に行ってたら歴史はかなり変わっていたでしょうね。菊池一族ならぶれないのでずっと南朝です、何故なら藤原氏で半分は公家で公家風の武士団という特殊な一族ですから。菊池一族は本当に大変であったと思うんですよ、世の中ほとんどが武家方でそれでいつも相手は三倍四倍以上の大軍で、挽回するのが大変でした。
2016/6/28 11:36

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